関わりをもうちょっと便利に使うための10のTips

関わりをもうちょっと便利に使うための10のTips

関わり 今日も朝から、帰ることばかり考えていた。

帰省の際、久しぶりににも会ってきました。

Cさんと会うのはほとんど1年ぶり、子宮外妊娠の直後にお会いして以来でした。
Cさんは痩せてはいたけど、相変わらず元気に明るく私を迎えてくれました。
お互いの近況やCさんの娘さんのお話など、止めどなく言葉が流れ出て、話が尽きることはありませんでした。
Cさん「そうだ!!ゆきちゃんにこれだけは話そうと思ってたことがあったの!!」
Cさん「今年のお正月、娘が帰ってきてたんだけど朝、起き抜けに私のところへ来て『ゆきちゃんって、お母さんになったんだよね?』って言ったの。私はまだだよって言ったんだけどなぜかなかなか信じなくて『え?だって赤ちゃん抱いてるところ見たような…夢だったのかな?』ってずっと釈然としない様子で…… これはすごく縁起がいいからってずっとゆきちゃんに話したくて!!」
Cさんの娘さんはよく私たちの話題にあがるのですが、私と娘さんはほとんど面識がありません。小学生の時に何回か顔を合わせた程度で、それほど深い関わりは無いのですが、娘さんが不登校の際は私の受験時代に使っていたノートを貸したり、Cさん越しにいろいろとお話をしたりしていたためか、知らないうちに私をお姉さんのように思ってくれていたらしいです。
ありがたい…



私「実は最近、出産を控えた友達に会ってきたんです…」
私はCさんにを話しました。
出産報告を受けた際、すごく複雑な気持ちになってしまったこと、でも出産間近になった今、笑顔で会うことができて本当に良かったこと……
Cさん「私、全く同じことがあったわ」
Cさん「私にもずっと仲良くしていた幼なじみがいて、その子は私より先に結婚したんだけどなかなか子どもができなくて…不妊治療をしていたらしいの。 そんな中、私の結婚が決まってすぐに妊娠して……『やばい、あいつより先に妊娠しちゃったよ』って思ったね。だからあんなに仲のいい友達だったのに妊娠したこと報告できなかったんだ…」
「でも、出産した後、誰かから聞いたのかその子私の入院してる病院に来てくれたの。私ぼろぼろ泣いちゃって… でもその子は笑ってお祝いしてくれて。私その時心の底から『この子には絶対お母さんになってほしい!!』って祈ったの。」
「それからしばらくして、お祝いのお返しをしにその子の家に遊びに行ったの。正直、まだ妊娠してないだろうし私が行ったら嫌な気持ちになるかも…とは思った。でもあの子は普通に私をお祝いしてくれた。だから私も普通にお返ししようって思ったの。」
「あの子の家に行ったらね、『私も始まったみたい…』って。妊娠していたの!!『Cのお見舞い、本当はあんまり気が進まなかった。でもCの顔見たらそんな気持ち飛んでっちゃってさ。なぜかあの時、私も近いうちにお母さんになるだろうなって確信が持てたんだ』って話してくれた…」
「それから、その子は無事に子どもを産んだよ。当時は今みたいに助成金も出ないから全部自腹だったみたいで、私がお見舞いに行った時『C、これがウン百万の子だよ!!』って言って!!『そりゃ、大事にしんばなんねぇ!!』って私も言ってね。二人でたくさん泣いたし笑った」
Cさん「だからゆきちゃん、大丈夫。多分赤ちゃんはそこまで来てるから。おばちゃんいい報告待ってるからね」
本当に本当に、素敵な話だなと思いました。
Oも、Cさんと同じ気持ちだったのかもしれない。
私はCさんの親友のようなハッピーエンドは迎えられないかもしれない。
でも、私は確実に一歩踏み出すことができたんだと思うことができました。

4時間で覚える関わり絶対攻略マニュアル

皆さま、ご機嫌いかがでいらっしゃいますか?

きぼうのブログを御覧下さり、感謝いたします。

琥珀(こはく)?

それは、豊かな潤沢を帯びた”あめ色”の

天然樹脂、古くから高貴な者たちの間で

装飾品として用いられてきました。

深く、麗しい肌を生まれながらに

持ち合わせるチャーミングななでし子、とは?

若干20歳の、大坂なおみ選手です!

国際的スターにして、アメリカでは国民的人気の

四大大会23回優勝者、セリーナ・ウィリアムズ

選手を下し、全米テニスの新しき女王となりました。

彼女はカリブ海ハイチ系アメリカ人のお父様と

日本人のお母様との間に大阪でお生まれに

なられ、3歳からアメリカ在住でいらっしゃいます。

(まりさん、というお姉さんと4人家族。)

こちらのお写真はハレの表彰式の場で

あるのにもかかわらず、

サンバイザーのつばで顔を覆うなおみ選手。

表彰式が始まると、ウィリアムズ選手の優勝を

応援して止まない数万人の観客から

大ブーイングの嵐を受けてしまったのです。

なおみ選手の目から涙があふれ出しました。

初優勝の感想を問われたインタビューでも

異例の言葉を口にします。

「ちょっと質問じゃないことを語ります。

みんな彼女(ウィリアムズ選手)を応援して

いたのを知っています。

こんな終わり方ですみません。

ただ試合をを見てくれてありがとうございます。

本当にありがとう。」

私も画面のこちら側でもらい泣きしてしまいました。

それにしても、偉業を達成した覇者としては

彼女の言動はあまりにも控えめだと思いませんか?

なおみ選手は、ずっとアメリカの教育をお受けに

なられたそうですから、当然母国語は英語で、

(日本語は多少の聞き取りのみ、だそう)

堂々とした風格も相まって、いかにもアメリカンな

彼女ですが会場の全てに対して謙虚に振る舞う

様子が本当に日本人らしくびっくり仰天して

しまいました。

個人でも、国家間でも”悪くないなら謝らない”

これが世界の常識でしょう。

しかし、彼女の心からの気遣いが場の雰囲気

を和らげたのは確かですし、

アメリカ国民の中にもこの琥珀(こはく)色の

肌のなでし子が持ち合わせる日本にっぽんの

心に関心を持った方々もいらっしゃるのでは?

とも思います。

一方、日本のネット動画での反応、テレビ番組の

コメンテーターの中にはウィリアムズ選手の

試合中の言動やアメリカ観衆の態度をもって、

「やっぱりなおみ選手=日本人の方が

品格が高い」など、

いろいろ批判する方々もおられますが

私は比べる、という発想すら湧きません。

観衆はそれだけウィリアムズ選手に思い入れが

強く、勝って欲しかったのです。

”おかしい、と感ずれば抗議する”これが

アメリカのみならず世界の常識だと思います。

「Naomiはいいプレーをしたわ、彼女にとっての

初優勝です、もうブーイングはやめて!」

ウィリアム選手のこらえ泣きも印象的でした。

この美談は既に世界的に各種メディアで

取り上げられていますよね?

本来、一個人ブログが取り上げるのも

おこがましいのでは、と思ったのですが、、、

関連して印象的な内容がありましたので

あえて記事にする事にしました。

今月13日に凱旋会見が開かれたましたが、

なおみ選手はある日本人記者から

こんな質問を投げかけられます。

「海外でも大坂選手の活躍が注目されている

中で、”古い日本人像”を見直す報道が

ありますが、

ご自身のアイデンティティーについて

どの様に受け止めておられますか?」

とっさには意味が飲み込めない様子の

彼女は、通訳に聞き返しています。

不思議そうな表情で

「それはテニスに関しての質問ですか?」

また、

「私は自分のアイデンティティーは

深く考えていません。”私は私である”としか

思いません。

あるいは、私が育てられたとおりになったと

思います。

また自分のテニスに関しては日本の

スタイルらしくないと思います。」

と、答えられました。

この質問に対し、再び日本のネットの感想は

「こんなくだらない質問をした記者の実名と

顔を晒せ」「失笑モノww」

「なおみちゃんが悲しそうにしていた」

などの感想も散見されましたが、

ヨーロッパの王室を初めとして、

異民族間での婚姻、移民の歴史が

我が国よりかは長く身近な欧米では、

個人のバックグラウンドを聞く事は、

ある意味ありふれた質問、

アイデンティティーを問う事自体は

そんなに違和感のない事の様にも思います。

もちろん欧米人にもアイデンティティーや

その延長線上の愛国心があるでしょう、

しかし

自分はどこの国の言葉を話すから、とか、

どこの国に居住しているから、とか、

両親や配偶者の関係で異なった国の

パスポートをいくつ所持、などに基づく

アイデンティティーと愛国心は

必ずしも結びついていないケースもあり、

先の大戦前までの我々日本人が当たり前に

保っていた”大和の血を引く者の誇り”

”愛国心”とでは、

定義が異なっている、と感じるのです。

陸上競技のケンブリッジ飛鳥選手、

柔道のベイカー茉秋(ましゅう)選手、

野球のダルビッシュ有選手、

二つの国を背景に持ついわゆる

ハーフアスリートの活躍が目覚しいですね?

同じハーフのなおみ選手がごく自然に

”私は私”と答えられた所にも、まだ正しい解答の

答えようのなさ、を私は見るのです。

20歳。具体的にこれから国籍の選択手続きを

行われるのでしょうが、

それは早
れ遅かれ彼女の通る道。

世界中からの多種多様な人種、民族、宗教で

形つくられたアメリカ合衆国市民を選択すると

いうことは、

アメリカ合衆国に対して忠誠を誓うことです。

その”忠誠の誓い”には、保っていたすべての

外国への忠誠の放棄、

法律が定めた場合の兵役従事・内外の敵と戦う

国防などの誓いが必要とされます。

あたりまえです。自分の国は自分で守る。

しかし、わが国の場合、

「あなたに日本国への忠誠の誓いを求める!」

などという発想が湧きませんよね?

それは、我が国の成り立ちが

(西暦2018年+660年、覚えやすい)

皇紀2678年の一日も、一日も欠けることなく

畏(かしこ)くも歴代天皇が神道の神々に

私たち一人ひとりの為の幸せと安全を

お祈り遊ばされる事実があるからです。

無償の愛の包まれた私たちですから、

無償の愛を尊び、その何倍も喜びや

感謝の気持ちを表したい。お捧げしたい。

私は、そう思っちゃうのですよね!

お父様がアフリカのベナンご出身、お母様は

日本人のバスケットボールの八村 塁

(はちむら るい)選手は身長203cmの

天突く巨人。

彼が留学先のアメリカから一時帰国して会見した

折、(高級寿司や和牛焼き肉ではなく)

「(実家のある)富山に帰って、おいしいお米を

食べたい。」

とお父様譲りのエキゾチックな厚い唇から

発言された所に、私はなんだか素朴に、

ほっとする思いを感じました。

畏くも天皇陛下のお祈りは、一年を通じて稲作と

共に継承されてきました。

毎年の恵み、新米は、

まず、天皇陛下より日本の神々へ

お捧げ遊ばされ、

その後に、御自らお召し遊ばされた後、

私たちも晴れて口にする事が出来るのです。

だから八村選手は、間接的にも日本の神々、

天皇陛下、お百姓さん、ご両親の愛を感じるので

「おいしいお米が食べたい!」と

感じるのでしょう。

2012年に厚生労働省がまとめた人口統計に

よりますと、我が国では、実に30人に一人の

割合でハーフの赤ちゃんが誕生している

そうです。

ハーフといえば聞こえはよいですが、

混血児の側から見た日本社会、両者の関わり方

などに私はとても関心があります。

彼らとご縁がある私自身ですが、その事で色々と

思いつめて、生きることも出来ないくらい苦しい

状態にも陥った時期があるからです。

皆さまは「ハーフ」と聞いて、どのような人々を

思い浮かべられますか?

英語(または他の外国語)が流暢に話せて、

容姿に恵まれ、グローバルに

活躍する姿でしょうか?

まだテレビもない時代、

私たちの先人が白人、黒人などの外国人を

身近に見かけるようになったのは

いつ頃くらいからでしょう、、、

そうですね、

ちょうど、大東亜戦争直後位からでしょうか?

私が小学生の時に好んで読んだ国民的漫画

「サザエさん」初期の作品には

「MP」(Minitary  Police 憲兵)のロゴが入った

ヘルメット姿の白人軍人に

まだ娘姿のサザエさんが街で遭遇、

自宅に急いで逃げ帰る、という場面が

幾度も出てくるので、

「何だろう?誰だろう?」と印象的で

良く覚えています。

これは、その頃と同じ終戦まもなく、列車内で

ある婦人の身の上に起きた実際の出来事です。

その日の車内は身動きできない程のすし詰め

状態でした。

彼女は押されて網棚の下まで流されて

いきましたが大きな揺れで目の前の網棚の

荷物が手元に落ちてきたのです。

細長いふろしき包み、それをまた柵に

押し上げようとしたとき、警官が2人車内に

入って来ました。

その1人がそれを見ると、近づいて来て

彼女に言ったのです。

「包みを開けろ。」

「これ、私のじゃありません。」

いいから開けろ!」

ふろしき包みをほどくと、何と中から混血児の

赤ん坊の死体が新聞に包まれて出て来たでは

ありませんか!

「お前だな!捨てたのは!」

婦人は決然と相手を見返し、言い返しました。

「この赤ん坊は生まれてからまだ日が

浅いでしょう。

私を病院に連れて行って体を調べなさい。

医者が見れば産後の体かどうかすぐにわかる

はずですから!」

その気迫に、警官もすぐ引き下がったそうです。

我が国が先の大戦を経て、占領軍が

やってきてから民間女性への暴行事件が

あちこちで多発しました。

そのため、褐色の肌、ちぢれ髪、青い目の

赤子は”陵辱、敗戦の象徴”として、どぶ川や

路上に放置されていた事もあったそうです。

運良く生きながらえても、親は行方知れず、

世間からは忌み嫌われました。

お母さん、おふくろ、おっかさん、おカアチャン、

オカン、お母上様、おたあさま(宮中用語)

ママ、マミー!

栄誉ある称号はこうして時代を超えて、

様々に呼び続けられてきましたよね?

こちらの似顔絵作品は、”母の日”に子供たちが

それぞれのお母さんの為、仕上げた作品です。

                          (画像はお借りしています。)

でも、なんとなく皆似通っている気がしませんか?

戦後の混乱期、一人のなでし子が2000人にも

及ぶ混血孤児へ真心を持って、清潔な寝床と

温かい食事、教育を施
立派に育て上げました。

列車の中での哀しい出会いを胸に、、、

後に敬愛を込めて

”ママちゃま”と呼ばれるようになった

女性の心熱くなるお話、次回に続きます。

関わりの口コミ情報やレビューを紹介、お気に入り商品を見つけましょう

お立ち寄りいただきありがとうございます^^


ワーママさん、

忙しくて時間のないママさん必見♡

遊んで、学んで、スマイルに♩

家族時間をイロドリます。

神戸 親勉インストラクターもりななです。

岡山小旅行、後編です(o^^o)
前編は
ぶどう狩りを堪能した後は
備前焼の工房へ行きました^^

釜?の中にも入れましたー!

何と奥にはコウモリもいたんです!
なかなかお目にかかれないコウモリ、
近くにいきたかったのですが、
ビビりの娘は断固拒否…!
備前焼の茶色い雰囲気も
相まって
「早く帰りたーい」

と(´∀`;A

タイミングが合えば

備前焼体験をしたかったのですが、
また次の楽しみにしましょう♡
岡山=備前焼
伝統工芸品は中学受験でも
必須です。
中学受験をしなくても
その後の受験にも関わります^^
茶色い器=備前焼=岡山=ぶどう、マスカット
と親勉旅にしてみました^^

今回は岡山市までは行かず
岡山県の東部でしたので
私が住んでいる神戸市東部から
車で2時間ぐらいでした★
帰りは前々から行きたかった
「あこうパン」へ♡

種類も沢山あって

美味しかったーー(o^^o)!

夫は気に入ってまた絶対行く!

と言っていました。笑
●備前焼工房はにおじゃましました。
●あこうパンは
今日もにっこり優しい日に
なりますように♡
================
岡山県東部に行ったのですが、
7月の豪雨の爪痕が見られました。

土砂崩れ、
それに伴う復旧作業。

地震、台風と色んなことが
起きていますが
西日本豪雨災害もまだまだ
復旧作業が続いています。

今回、岡山に行ったのも
少しは岡山県にお金を使えるかな、
と思ったのも理由の1つです。

できることから^^

================
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◆親勉の本

鏡の中の関わり

※ めっちゃ長いです。
何ヶ月も前から準備していた大切な日。
そんな一日が無事に終わりました。
今日は県内の医療的ケア児についてのシンポジウムがあり、
今回はいぶちゃんを症例として
"医療資源が不足する地域での小児在宅"をテーマに開催していただきました。
対象は主に医療福祉従事者、行政関係者、患児とその家族。
医師、看護師、薬剤師、PTOTST、臨床心理士、社会福祉士、介護福祉士、ソーシャルワーカー、ケアマネージャー、特定相談支援員、県会議員、地方自治体職員など、
来場者数は約150名。
普段から我が家に携わってくれている訪看さん、保健師さん、ケアマネさん、病棟保育士さん、訪問薬剤師さんらがいぶちゃんとの関わりについて発表してくれ、
そして私も母としての想いをお話させてもらいました。
今日に至るまでの経緯や気持ち、書きたい事はたくさんあるのですが
とてつもなく長くなってしまうのでここはもう、お話させてもらった原文そのままを載せさせて下さい。
※ 途中3分半程の動画があります。

会場ではもちろんそのまま流しましたがここに載せている映像は

病院関係者、祖父母や姪っ子などの顔出しを防ぐ為、動画全体にモザイク加工を施しました。

画質が悪い訳ではありません 
(以下原文)







二年と半年前、周産期トラブルにより重度の仮死状態で生まれてきた娘は、重い障がいを負って生きることとなりました。


多くの医療者や福祉に携わる方々を前に、こんな発言をするのはとても勇気のいることですが、


やはり"障がい"というそのたった一言から明るい未来を想像することは全くできず、


これからの人生、楽しみにしていたたくさんの事を諦めて生活していかなければならないんだと


大きく変わってしまった人生を悲観する事しか出来ませんでした。





ですが、あれから2年8ヶ月が経ち


自分の想像していたものとはまるで違う、幸せな毎日があります。


たしかに外出も簡単には出来ないし、睡眠時間も少ないのが現実です。


大変かどうかと聞かれたら、それは間違いなく即答でイエスですが


我が子とお家で一緒に暮らせる毎日は"大変"という一言では到底表すことのできない幸せや喜び、充実感で溢れています。






小児在宅について調べれば調べるほど


"介護専従者" "介護による母親の就労問題"など


介護、介護という言葉で溢れています。






わたしは、娘を介護しているつもりは1ミリだってありません。


ただ単に、娘を育てているだけなのです。






"介護"ではなく"育児"


こう思えるようになるまでには、たくさんの苦悩と葛藤がありました。


もういっそ、娘と二人、このままどこかに消えていけるのならば


この子は、私は、周りの人たちは、どんなに楽になれるのだろうと考えてはいけない事が頭に浮かぶ日々もありました。






だけどそこで歯を食いしばり、一番辛かった時期を這いつくばってでも乗り越えてこれたのは


共に闘ってきた戦友である夫と、懸命に支えてくれた家族の存在、手を差し伸べてくれた在宅支援者や、病院の方々、


そしてやはり、何より愛おしい娘のおかげです。






昨年10月、弟が生まれ、娘はお姉ちゃんになりました。


最重症の障がいを背負い生まれてきた娘と、何事もなく健康に生まれてきた息子。


二人の子育てはまるで違うように思えて、実はほとんど同じです。





夜は寝不足になる事も、外出するのが大変な事も、多少度合いは違えど、小さな子どもを育てるということは、みんな同じなのではないでしょうか。






娘は、モニターのアラームを鳴らして私を呼んでくれます。


息子は、大きな声で泣いて私を呼んでくれます。






娘は、家族と同じ食事をミキサーにかけ、胃ろうから注入して食事を摂っています。


息子は、お口からご飯を食べます。






"方法が違うだけ"


一生懸命に気持ちを訴えてくれることも、一生懸命に食事を消化することも全く同じことなのに、


それのどこに悲しむ理由があったのだろう、私は一体何に苦しんでいたのだろうかと、今となっては思い出す事さえも出来ません。






障がいをもつ人達とその家族が、暮らしやすい世の中に、生き辛くない世の中にするために本当に必要なことは

制度の改革やサービスの見直しだけではありません。






障がいがあるからマイナスになるのではない


障がいがあるからこそプラスになる事だってたくさんある






そんな風に思ってくれる人達が少しでも増えるのならば、きっと、みんなが暮らしやすい世の中になっていくのではないでしょうか。


今日は、娘と暮らす毎日がどれだけ楽しく笑顔溢れるものなのかを皆さまに知って頂きたく、


簡単なスライドショーを作ってきたので、ぜひ見て頂けるとうれしいです。

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※ 全体にモザイク加工あり





今日のお話をいただいたとき、医療的ケア児の母親として私が提議したい問題、課題は何だろうと一生懸命考えました。


だけど、浮かんでくるのは娘との温かな日常ばかり。


娘はたしかに"超"重度心身障害児といわれる、呼吸器が必要な重症医療的ケア児ではありますが


私たち家族にとっては最愛の、ただの娘であり、それ以上でも以下でもありません。






大変な事はたしかに多い。


だけどそれが全てじゃない。むしろほんの一部です。


もっともっと、それ以上に家族が感じている幸せや温かみを、たくさんの人に知ってもらいたい


そんな気持ちで今日はお話をさせて頂きました。






人工呼吸器をつけた子どもがごくごく普通にお家で生活するということは、一昔前では考えられなかった事だと思います。


長きにわたり、医療福祉関係者や行政の方々のご尽力があったからこそ、こうして娘とお家で暮らせることに、ただただ感謝しかありません。


日頃から娘伊吹と私たち家族に関わって下さっている皆様、そして今日この会場に足を運んで下さった皆様に、この場をお借りして深くお礼申し上げます。


本日は本当に、本当に、ありがとうございました。














伝えたいことは、こんなA4用紙2〜3枚には到底収まるはずはなく、まだまだ山程ありました。


丸一日かかっても、全ての想いを伝え切れるかどうか分からないほど。


ですが、一番伝えたかったこと


介護ではなく育児


医療的ケア児、超重度心身障がい児ではなくただの娘



そんな、シンプルだけど自分が一番大切にしている核の部分を原稿にしました。





ついつい問題や課題ばかりに目を向けがちな医療的ケア児を取り巻く医療や福祉の現場。
 だけど、それだけが全てじゃない。
その根底にある家族の想いを知ってほしい。







2年と8ヶ月前、それはそれはもう数センチ先も見えない真っ暗闇に突然突き落とされました。
全てが分からない事だらけ、心はガチガチに固まり、悲しみ、苦しみ、そんな気持ちで支配される毎日。
だけどもいぶちゃんが与えてくれる温かくて幸せな空気が、私の凝り固まった心をゆるゆると和らげてくれ
気づけばいぶちゃんは
"超重度の医療的ケア児" から
 "ただの娘" に
そして私は
"超重度の医療的ケア児の母親"から
"ただの母親"になっていました。
だから今日は医療的ケア児の母親としてではなく、
一人の母親として想いを伝えられた事がとても嬉しくて。
兎にも角にも、今日という日が無事に終わった事にホッと胸を撫で下ろしています。
いつも我が家を支えてくれている
大好きなみんなと
文字数オーバーで何度も投稿を失敗しているので、そろそろこのへんでお暇します。
最後までこんな長文を読んでくれてありがとうございました。
もしよかったらリブログして下さると嬉しいです 

関わり高速化TIPSまとめ

こんばんは(^^)

今日も仕事でした。
なので、
娘ちゃんも学校でした。
うん、頑張った‼
うちの小学校は、一学年3クラスずつしかない、小さな学校です。
不登校気味の生徒は、今のところ、うちの娘くらいだそうです。
お姉ちゃんの学年の時は、数名いたのですが…
だから、
学校中の先生たちは、うちの娘を分かっていてくれます。
心配してくれています。
別校舎で、ほとんど関わりのない先生も、ちゃんと分かっていてくれます。
ありがたいです。
勉強にも遅れがあるため、
いつでも支援学級(苦手な教科だけを見てくれるクラスもあるんです)の席を、開けてくれています。
だから、学校に対して不満などありません。
あとは、
娘ちゃん次第だから………
明日は私は休み。
なので、
娘ちゃんも「私も休む❗」
と宣言されました。
明日は雨だし、
娘ちゃんは「雨の匂い」が嫌いだし、
おうちにいようね(-_-)/~~~


関わり 関連ツイート

まだ関わり持ってきやがる。俺はまだ好きやけどな
@PCS_TL 雅陶家顧問探偵みたいな立ち位置で津嶋家を作りましたのでね 買い物はつまりそういうことでした(すぐ関わり持たせる)ひばりさんトオルのちょっと偉そうな男性ロールの参考元です 「ようやく色気づいた……と思ったら通り越して… https://t.co/ePV8CkpjBc
@lalala_ctcmb 審神者自身やばば 審神者が修正主義者となにか関わりがあっても良い 政府と確執があったら私が嬉しい
顔布はロマン 薬研しか顔を見たことがない最高
譲ってもらう、代行してもらう立場なのに上から目線の人納得いかないな〜〜!普段から仲良くしてる人からお金取るつもりもサラサラないけど普段関わりない人から上から目線で来られても「?」って感じ

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