1度で2度効く関わり
日曜日は、たっぷりと休養と取りました。昼間温泉に行って
ドライブ中に脳みそバグったんじゃないかなってぐらい
大爆発ー☆
会話できない状態というか、いつもは受け流す彼も
無理!ってぐらいに暴走してた。
絵を描いてると稀にやってきます。
と、いうのも私の癖に問題があるのかな・・・
絵を仕上げる時「追い込めば追い込むほど楽しい」って
思うところがあって、わざと自分を窮地に追い込みます。
(これ私のある意味強烈な本質なのでしょうがない・・・)
で、その結果の反動で会話不可避ーがやってきます。
大体これが訪れる時期、人との関わりをシャットアウトして
めっちゃセーブかけて生きてきました。
この部分みせないお蔭で、
周囲の人には「明るい人ね」「いつも笑顔ねぇ」と言われる
だがしかーしお菓子旦那との関わりはシャットアウトできない。
最初、この姿を旦那に見せたときは
「目が点」状態でしたけど、最近慣れてきたような気がする。
飲み込むのが常だったが、言い返しを覚えたあさひであった。
たまにはハッキリ自己主張言うのも大事なのか・・・結果的に丸く収まってしまった。
衝撃!!関わりがこんな価格で買えるなんて!
なんかお金にいつも苦労している?
なんかいつもお金に困っている?
そう思ったら
お金
経済
仕事 に関してのルール、仕組みを知ること。
突破口が見つかります。
お金
経済
仕事 は
それぞれ関わりあっていて独立していません。
で す が
一緒に考えるとワケがわからなくなるものです。
なんのこっちゃいな?
仕事、つまり「働くこと」と「お金」はイコールではないのに
「働くこと」と「お金を増やすこと」は
何となくイコールになっている
とか
「たくさんお金が欲しい」のに「安いものを求める」
とか。
2つ目の例えは「仕方がないのでは?」と思う方もいるかもしれません。
本当に仕方がないですか?
たくさんのお金を得るためにはどうしたら良いでしょうか?
働くことでたくさんお金を得るためにはどうしますか?
安いものを求めるということはどういうことになりますか?
ね?
ゴチャゴチャしてきたでしょう?
あれ?働くってそもそもどういうこと?
お金って必要、大事だけど…お金って何だろう?
景気だ経済だと言われても良くわからない…。
私はこういうことを教えてくれる大人が周りにいませんでした。
これは仕方ない。
なぜなら仕組みが出来上がった後に生まれたから。
私も、私の親も、私の親の親も。
仕組みが出来上がった後に生まれたから
その仕組みに従わざるを得なかった。
うん。仕方ない。
でも、それで良いのだろうか??
良くなーーーい!!!
何が良くないか?って?
従わざるを得ない仕組みがあるのに
その仕組みのことを良くわかっていないことが!
よろしくないです。ハイ。
ルールもわからずにリングに上がって
ボクシングの試合を始めるようなもんです。
あたふたしているうちにボッコボコですよ…。
そう。ボコボコにされた人。私ハハハ…
先日、マルクスの資本論に少し触れましたが
けっこう前のブログにも書いてましたね。
アダム・スミス、ピケティあたりも
ルールや仕組みを教えてくれる良い本です。
1回目はいろんな意味で絶望。
この絶望には「難解だ…」も含まれます。
悔しいので2回、3回とチャレンジ。←マゾヒストでは決してない。単に悔しい&知りたい
ちょっと疲れて休憩したら、また4回目、5回目と読む。
す る と
何となく…ですが
「ほー こういう仕組みなのね。」ということがわかってくる。
やっぱりちょっと絶望するけど、仕方がない。
誰かが作ったというより
世界が、人類が作ったルールなので逆らうだけ無駄。
自分で変えられることをするしかない。
結局、そこに落ち着くかい!
うん。そう。
それしかない。
でも、ルールがわかればやりようはある。
本当に絶望するのはルールや仕組みがわかった後にしよう。
それらがわかれば、きっとできることがある。
読んでくださり、ありがとうございました。
関わり売り尽くし
昨日の
katsu✖️祐佳さん
お母さん達に伝えたいメッセージ
の後、
私はどんな風に育てられたかを振り返りたくなりました。
親の無意識の言動が
見せている姿が
子どもにどれだけ影響しているかを聞いた時に
私はどうなんだろう、と。
昨日は主催として参加しました
みなさんもぜひ一度
祐佳さんとkatsuさんの話を聞いてみてください!
5年ほど前に自分を知る学びを初めてから
繰り返し振り返ってきたことではありますが、
改めて。
私には、たくさんの強みと弱みが混在しています。
強みは 自分でも認められる長所。
向上心、誠実さ、真面目さ、知性、言葉のわかりやすさ、安心感、透明感、、
弱みは 認めたくない、手放したい部分。
嫌われたくない意識、人と比べて落ち込む部分、自己中心的な意識、自力でやろうとする部分、上下の意識、、
あー、いらん^^!!
だいぶ弱まりましたが、なかなか完全には抜けませんね。
昨日の話を聴きながら、
この弱みがどこで生まれたかを遡ってたんです。
私は両親と祖父母と暮らしていましたが、
誰からも明らかに子どもの芽を摘むような関わりはされませんでした。
幼少期から思春期まで
感情的に怒られたり
ガミガミ言われたことはほとんどなく
適当なしつけをされてきました。
人としてどうあるべきかは
特に祖父母がお手本でした。
なのに、どうして
こんな短所が身に染み付いてしまったのか。。
大人になって深く悩むまでに。
思い当たるとすれば
・両親(特に母が)毎日夜中まで仕事をする生活で私たちに構えなかったこと
・生後2ヶ月から日中は叔母に預けられていたこと
・自営の店舗が自宅の前にあり、常に誰かに見られた生活だったこと
・父が他者に異常に気を遣う人だったこと
・父が社員から悪く言われたことが泣くほど悔しかったこと
・家族にも先生たちにも「いい子ね」と言われ続けてきたこと
・唯一のお仕置き「暗い倉庫に閉じ込める」がとても怖かったこと
・快活で人気者な姉がいたこと
このくらいかな。。。。
と考えていたら
思い至ったんです。
「そのくらい」でも
敏感に感じ取り
自分を抑えてしまう子がいるんだと。
明らかに芽を摘むような言葉を受けなくても
何も言われないことで
触れられないことで
「必要とされていない」と思い込んでしまう子が。
逆に、
どんなに親から冷たくあしらわれようとも
「愛されている」と思えている子どももいる。
(冷たくあしらっているように見えて
たくさん関わっているのかもしれません)
前者の子どもたちは
大人になって自分の課題に気づいていくわけで
後者が歩かなくて良い回り道をしたりします。
でも
私はそれを「もったいない」とは捉えていないんです。
マイナスに落ちたことがあるからこそ
見える世界や 出会える人、学びがある。
同じ悩みを持つ人の気持ちがわかる。
経験から他者に伝えられることがある。
私も「自分を変えたい」という想いから
人生をかけられる学びと仕事に出会えています。
もちろん
後者の子どもたちには
そのままのびのびと育って進む道がある。
託されている使命が違うのでしょう。
そう考えると
子どもたちに対して私たちができることとして
「やっぱりこれって外せんやん!」と
思うことがあったんです。
それは
「1日5分でいいから
子どもに触れる、子どもの目を見て関わる時間を持つこと」
ここ、実は要らないのでは?!
どっちかといえば テクニックやん!
と思ったけど、やっぱりいる!!
昔の実験でも結果が出ています。
誰からもコミュニケーションを取られなかった赤ちゃんは
死んでしまうのです。
人として生まれたからには
人の温もりの中で育っていくのが本来の姿ですからね。
私が行なっているAP講座などでは
方法論的なところもたくさんお伝えするけれど
目的は同じところにある。
他の子育て講座も
きっと本質を追っていけば
同じところに行き着くと思うんです。
もちろん、昨日の学びにあったように
人間論を知り、そう生きていくこと
その姿を子どもたちに見せることは
大前提。
そして、
その子の個性をまるっと愛し
私の子だから大丈夫!!
と信頼すること。
私も改めてやっていきます
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■10/17(水)10:00-12:00
「ふれる」お話会をします。
あの 三好 淳さんが この会のために
お話の内容を組み立ててくれていますよ♡
乞うご期待!
詳細はこちらから
■katsu✖️祐佳さん
お母さん達に伝えたいメッセージ
次回は 10/30 東京
11/10 島原(小浜)で開催です!
katsuさん9月以降のスケジュールはこちら
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フォローアップセッションです。
でなく
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